2007年9月18日火曜日

世界環境デーの奉仕活動~伊香保本山周辺のゴミ拾い~


「伊香保本山周辺のゴミ拾いに参加して」

二〇〇七年六月五日、世界環境デーに合わせて、朝七時から県立青年いこいの森、駐車場に三十名集合して、大和協会会長、慈怡法師の挨拶と指示のもとにいざ出陣。
装備は万全、両手には軍手、左手に土納袋、右手にはゴミ取り用はさみを持ち本山工事現場前まで到着。
「あれ、おかしいぞ?」
思ったほどゴミが少ない。廻りの人の袋を見ても少ししか入っていない。ゴミを探しながら水沢観音寺駐車場に到着、折返し本山工事現場のゴミ集積 場に納めて、仏様に礼拝致しました。
 仏様も心なしかほほ笑んでるような気が致しました。会長婦人の手作りの弁当を美味しく頂き解散致しました。
ゴミの少ないのは通行する人々のマナーの高上なのか?喜ばしい事だと思いました。
<佛光世紀10号>

2007年9月14日金曜日

「第1支部活動報告」


 この度、大和協会のメンバーである企業様には貴重なお時間を頂き有難うございました。今回、日本大和協会の支部活動の第一回目とあり、不安があったのですが、おかげさまで盛大に行えました。
 今回はまだ佛光山に対して何もご存知でない会員の方々が多いので布教活動が主な活動でした。内容は慈怡法師様よりお話を頂き、佛光山とはどういった宗教団体かというお話と、健康に関して腹式呼吸の方法など盛り沢山の内容でした。
 聞いていただいた皆様がなんでもいいのですが、何かを感じてくれれば、何か参考になれば、やったかいがあったのではと思っています。まだまだ佛光山は日本では始まったばかりで長い年月と地道な布教活動が必要です。これからもよろしくお願いします。
<佛光世紀10号>

日本大和協会「第一回分会」を開催して・・・


 平成19年7月23日大和協会の第一回分会主催による会活動が行われた。
 主題は、仏教と健康及び禅行について。法師は慈怡様である。場所は大和協会のメンバーである企業様の会議室にて、40名ほどの方々に参加していただき盛況の内に開催いたしました。今回の主題はシンプルであるが奥の深い題材である。
 当日、慈怡法師は佛光山の説明、星雲大師の人となり、又群馬佛光山寺の設立経緯など話されました。仏教と健康ではいかに心と精神そして肉体のバランスが人間にとって重要であるか。わかり易く丁重にお話を頂きました。
 このバランスが崩れることは、イライラ、不安、憂鬱など心の安定を欠くことになります。昔の人の言葉に「病は気から」というのは、このことではないかと思います。すなわち健全な心には健全な肉体が宿り、説法で法師が言われた「正気」とは、この「気」のことでないかと思います。この人間の「気」を充実させるのは座禅がもっとも効果のある行ではないかと感じており、今後も座禅などを通じ自身もこの「正気」を大事にしていければと思います。私自身も「禅」と「気」について、勉強していきたいと思う。
今回の第一回分会活動は慣れないこともあり、皆様には不便をおかけしました。開催にご協力頂いた企業の社長様に厚く御礼申し上げます。
慈怡法師様、又ご苦労をかけました大和協会の皆様方、ありがとうございました。
合掌
<佛光世紀10号>

2007年9月12日水曜日

チベット(西蔵)佛教の聖地を訪ねて


チベットは、古く中国では 吐蕃(トウポー)と呼ばれ 標高3,000mを越え 11月から4月までの期間は積雪となる厳しい自然に支配される地域です。其の為、外部からの侵略を許すことのない地理的条件を備えていました。
そして、チベット佛教は土着の宗教と融合して独自の発展を遂げていきます。そのチベット佛教は7世紀頃に始まりますが、11世紀頃にインドで起きた後期蜜教タントラの影響を強く受けて定着しました。
蜜教伝統 佛と共に生きる人々…西蔵
 西蔵(中国占領化にあるチベット)第一の都市が「拉薩」であります。
ここには、ダライラマ5世が創建した布達拉宮があります。チベット佛教ラマ教の聖地として各地から敬虔な信者の参詣の絶えない寺院でもあります。この国の人々は、一生に一度は 自らの住む地から 三歩一礼の五体投地の礼拝をしながら この地に何年も掛けて来ることを 一生の事業としている人々なのです。その生活は質素で 仕事で得たお金は故郷から布達拉宮までの生活資金と帰郷する為の資金で、その資金を除き残ったお金はすべてお寺に供養するそうです。供養する為にまた働く、正に毎日が佛に成るための修行そのものと思います。
 佛と共に生きる人々・・・ 佛の世界を垣間見た思いがしました。
<佛光世紀9号>
 

なぜ仏さまを拝むのですか


 仏さまにお詣りする時、どう祈りますか。「どうか、願いがかなえられますように」、「どうか、お助け下さい」、「おかげ様で思うとおりになりありがとうございました」など、自分の願い事やお礼を言って仏さまに掌を合わせることが多いのではないですか。
それでは、何故お祈りをするのでしょう。仏さまは自分より“大きな力”を持っておられるので、その力を発揮していただこうと期待し、すがるわけです。そのときは自分の力を過信する心はなく、自分よりももっと“大いなる力”があることを認めて、それにすがるという心です。大いなる力を念ずるとき、自分は謙虚になっています。
 人間は何でもできると考えるのは思い上がりです。人間が生きていくのに必要な空気や家、洋服でも、何一つ自分の力で作り出したものはありません。
今、自分が生きていること自体が全てのものに支えられて生かさせてもらっているのです。また、親子、兄弟、友人、近所、会社等等、自分が関係している人との輪を広げてゆくと、まさに網の目のような関わりの上に自分が置かれていることに気がつきます。
みんなのおかげで生かさせてもらっているのだと気付いた時、心から感謝せずにはおられません。
この私をとりまく“大きな力の動き”を「仏さまのいのち」といいます。この仏さまへの感謝の気持ちが、仏さまを拝む心です。
仏さまに祈る心は「私も一生懸命に努力しますから、どうかお力を貸してください」という祈りでなければなりません。何ひとつ努力しないで仏さまにお願いしても、それはかなえてくれません。仏さまは、あくまでも私たちがしていることの“後押し”をしてくださるのです。
仏さまが力を貸してくだ
さるときは、それによって皆の幸せに役立つことにつながり、或いは本当に仏さまのことを信ずる心が更に深くなるときに手をさしのべてくださいます。
それも仏さまが直接ではなく、むしろ、あなたの周りや人や物を通して、そっと手助けをしてくださるのです。ですから、あなたが一生懸命努力しているとき、思いがけないような人が助けてくださったり、事がスムーズに運んだりしたときは、きっと仏さまがお力を貸してくださったのです。
もし、そのとき、すべて自分の力でできたことだと思ったならば、仏さまはもっと悲しい目であなたをみられることでしょう。
楽しいことも、悲しいことも、すべて「おかげさまで」と、心から素直に受け取れるとき、仏さまはにっこりとうなずいてくださいます。仏さまはいつも私たちを見守ってくださっています。    釈 覚勝
<佛光世紀9号>

「 お釈迦様生誕法會に参加して… 」


平成19年4月8日の報恩會はお釈迦様の誕生日「花祭り」である。多くの会員の方々が集まり開催された。4月8日がお釈迦様生誕の日であり仏教徒である我々にとっては西洋のクリスマスより大切な日でもある。聞いたところによると、もともとこの「花祭り」はインドや中国でも古くから行われている行事です。 
日本では推古天皇の奈良の元興寺で初めて行われたとの記録があります。この日は、お釈迦様の誕生を祝い、きれいな花で飾られた小さなお堂(花御堂)の中に、赤ちゃん姿のお釈迦様の像(誕生仏)を祀り、お釈迦様の頭からひしゃくで甘茶を注いでお参りし、お釈迦様の知恵と慈悲の教えを信じてゆくことを誓う日なのです。
また、子供がすくすく育つことを祈る日でもあります。お釈迦様は生まれると、直ぐ七歩ほど歩み、右手で天を、左手で地を指差し「天上天下唯我独尊」と宣言されたそうです。
 「花祭り」当日、慈怡法師の指導の元、全員で「花御堂」にお参りさせていただき、会員の方々、法師様、そして星雲大師様のご健康を祈らせていただきました。とてもかわいいお釈迦様の姿でした。会員の方の中には甘茶をかける際、緊張でひしゃくがお釈迦様の頭に当たりあわてた方もいたようです。お釈迦様は一瞬驚いた様子でしたが、笑顔を絶やすことなく平然とされていました。
昼食後、慈怡法師の提案でクイズなども行われ終始楽しく和やかに過ごさせていただきました。私もこの「花祭り」という行事は2度目の経験なのですが、慈怡法師よりいろいろお話を聞いているうち、お釈迦様の存在、そして「天上天下唯我独尊」の意味なども少し深く考えるきっかけに出来ればと思っております。
楽しく充実した一日を過ごさせて頂きました。昼食を用意していただいた方々、会長、法師の皆様、全大和協会会員の皆様方、このご縁に感謝申し上げます。ありがとうございます。
<佛光世紀9号>

2007年9月11日火曜日

《佛光之子広場》

この度、日本大和協會として「佛光如来之子」基金に初年度の取組みとして10名の育英基金を國際佛光會に寄付いたしました。この取組みは、ブラジルの両親もなく、毎回の食事もままならない恵まれない子供を支援しようというもので、2004年からカナダトロント協會が発起人となり、2006年、高雄本山での會員代表大會で、國際佛光會として支援が正式決定いたしました。この決定を元に、早速日本大和協會でも理事會に図り、支援する事と致しました。
ブラジル以外にも世界中には恵まれない子供が多くおります。少しでもこれら子供たちの足しになり、将来、教養を身につけ、大きく羽ばたいて頂けたら、明るい平和な世の中になることを願っています。
将来、「佛光之子」基金から多くの優れた人材が巣立ち、世界平和に貢献できる事を願って、これからも毎年少しずつ援助金を拡大していきたいと會員一同考えています。
<佛光世紀8号>