「水谷幸正先生講演会」出席会員の感想報告

「有意義であった講演会」
水谷先生は仏教大学の教授、学長を歴任され、現在は浄土宗の宗務総長を務められる傍ら、マスコミにも登壇される等、日々多忙な方であられるとの事でした。そのような高名な先生が群馬県に来られ、講演をされること自体が極めて有難いというお話をお伺いし、国際佛光會を通じこのような機会を与えて頂けたことは誠に有難く、講演を快諾して下さいました水谷先生をはじめ、関係各位のご尽力に心から感謝と敬意を表します。
講演の冒頭、水谷先生が国際佛光會との縁について述べられました。私はそのような先生が何故宗派を超えて国際佛光會の顧問をなされているのか関心がありましたが、先生が「自分は井の中の蛙であった」と述べられとき、ご謙遜であられることは承知しながらも驚かされました。水谷先生は国際佛光會が仏教を世界に広める活動を行っていることを知り、感動したと仰られました。私は水谷先生が国際佛光會の活動を評価して下さっていることに感謝の念を抱くと共に、水谷先生が心の広い方で、仏教を本当に大切になされている姿を垣間見ることができたことに、より大きな感動を覚えました。
さて、講演は「生と死」という題でした。このような緊迫感があり、かつ物事の本質を突く演題は水谷先生であられるからこそ話すことができ、また現代社会に対する警告も含んでいると思い、心静かに拝聴させていただきました。水谷先生は「仏教は死を先取りして生を考える」と仰られました。これは「死」があるから「生」があるということで、「死」について深刻になればその反対にある「生」の意味がとぎすまされ、逆に「死」が自分から遠いものになれば「生」の意味も薄れるということだと思いました。命の大切さが叫ばれる現在、これは重要な指摘です。また、水谷先生は「必ず死ぬということを頭でなく腹で覚えてもらいたい」と仰られ、「人として生まれたこと」、そして「今、命があること」が有難いものだと力説されました。貴重な今を生きているという自覚のなかった私にとって、水谷先生のお話は本当に考えさせられました。
水谷先生は加えて人の生き方についても言及して下さいました。人には様々な生きがいがあり、私達はその生きがいを持ちながら人生を歩んでいくというのです。そして、人生は60歳、70歳を過ぎてからが本当のエリートコースで、それに向かって歩んでいくことが大切であり、エリートコースに入っていくのが人生の醍醐味だと諭して下さったのです。これは水谷先生のお話しに反省することしきりの私に希望と方向性を持たせて下さいました。
最後になりましたが、今回の水谷先生の講演は時宜を得て、私の心と行動を正す意義深いものとなりました。今後も水谷先生がご健康でより一層ご活躍なされることをお祈りすると共に、国際佛光會の益々の発展を心より祈念いたします。
<佛光世紀 特集号>